インターネット依存治療部門 (TIAR)
5.世界保健機関(WHO)との共同研究・事業
1) 出発点
2013年3月にWHO本部で行われた会議で、新しいICD-11の精神科関連の分類が示された。会議に出席していた樋口は、その中にネット依存やゲーム依存の名前が全くないことに気づいた。久里浜医療センターでは、2011年よりネット依存専門外来を始めていたが、多くの重症なネット依存患者や困りはてた家族を経験するにつけて、ネット依存の疾病化が必要と強く考えた。そこで、WHOの依存の担当官と交渉し、世界の行動嗜癖の専門家も交えて、エビデンスを基に疾病化が妥当か、もし、妥当ならどのような疾患概念になるのか等の議論を始めることにこぎつけた。
2) 専門家会議
議論の場として、専門家会議を開くことになった。最初の会議は、2014年に東京で開催された。以後、各国の理解のもと、2015年にはソウル、2016年には香港、2017年にはイスタンブール、2018年には長沙、2019年にはアブダビで会議が開かれた。この中で、ソウルの会議で、既存のエビデンスから、ネットではなくゲーム依存(後のゲーム障害)の疾病化が妥当と判断された。それ以後は、ゲーム障害の概念の再検討、ネット依存対策、ゲーム障害の診断ガイドラインやスクリーニングテストの作成等について検討がなされている。
3) 財政医的支援
当初、WHO内には行動嗜癖を扱う部門も予算もなかったので、2014年から毎年、久里浜医療センターから財政的支援を行っており、ギャンブル障害も含めた行動嗜癖に関連するプロジェクトに使用されている。この支援は、少なくとも2022年までは継続される予定である。
4) 学会からの支援の取りまとめ
2019年の世界保健総会の前の1月に行われた執行理事会で、ゲーム障害のICD-11収載に反対する一部の加盟国があるとの示唆があった。これに対して、このプロジェクトに関わってきた多くの専門家から強い危惧が表明された。私が前理事長でWHO担当であった「国際アルコール医学生物学会、International Society for Biomedical Research on Alcoholism、ISBRA」は、長年WHOと正式な協力関係にある。そこで、このISBRAが中心になって、世界の多くの国内・国際学会からゲーム障害のICD-11収載を支援する手紙をWHOに送ることとなった。その結果、80を超える学会からの賛同があり、樋口が代表して、それを執行理事会の前にWHO事務局長に送付した。また、ISBRAを代表して、執行理事会で意見陳述も行った。
正式に収載
ご存じのとおり、ゲーム障害は2019年の世界保健総会で、ICD-11に正式に収載された。
今後
現在、WHOとの関係では、ゲーム障害の啓発やスクリーニングテスト開発等に協力している。久里浜医療センターは、ゲーム障害治療に関しては世界有数のセンターであるため、今後、治療面のエビデンスを蓄積・公表することで、WHOの活動を支援してゆきたい1)。
文献
Humphreys G. Sharpening the focus on gaming disorder. Bulletin of WHO, 2019.